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理論と実践のバランスが大切・中田語録
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■  八幡太郎義家と納豆伝説

八幡太郎義家 (吉村忠男画伯の義家ー関連画像)

平安時代後期の武将に、源義家(みなもとのよしいえ)という人がいます。彼は、頼義の長男で、前九年の役で父を助けて阿倍氏を討ち、後に陸奥守兼鎮守府将軍となって東国における源氏勢力を作った歴史上の猛者ですが、義家には「納豆伝説」なるものが語り継がれています。
義家は、通称「八幡太郎」と呼ばれた人です。八幡太郎は、馬糧大豆の中から「納豆菌で発酵した大豆=いわゆる糸引き納豆」を発見し、兵糧に採用したとされる人です。
中田所長の出身地は秋田県横手市ですが、市内の金沢地区は、後三年の役の古戦場、隣町の六郷町には「納豆発祥の地」なる記念碑があります。

義家が使った軍路を、食文化研究家の永山久夫氏は、その著書の中で「ナットウロード」と名付けています。ここでいう「ナットウロード」とは、義家が、奥州平定(前九年の役、後三年の役)の折りに北上したとされる東山道、奥州路の古道筋沿いの街を指し、具体的に言うと、丹波、近江、信濃、甲斐、武蔵、浦和、大田原、水戸、磐城、楢葉、相馬、白河、会津、米沢、仙台、岩出山、新庄、横手、平泉、秋田の各地になります。どの街も古くからの納豆産地で、様々な名物を作り上げてきた場所になっています。
それでは、話を戻して、八幡太郎義家が、どのようにして納豆を兵糧に採用したのかを、前記の永山氏の著書『たべもの戦国史』を参考に、順を追って説明します。

戦になくてはならない軍馬は、酷使されるために消耗が激しく、奈良時代以前から大豆や米などの栄養価の高い飼料を与えられてきました。馬糧の量は、騎馬で一日一頭あたり三升、駄馬でも二升という消費量になるため、兵士たちよりはるかに上等な食事を食べていた事になります。通常、馬糧に利用する大豆は、煮豆したものを日干し、ワラを編んだ豆俵にして運んでいました。しかし、緊急事態が起きた場合は、煮豆を日干しする時間がとれず、豆が煮上がった所で煮汁を捨て、煮豆を俵にそのまま詰める事もしばし行われていたのです。俵のワラに付着していた納豆菌は、その熱い熱によって覚醒し、煮豆が適度に冷えた頃を見計らうように猛烈に繁殖し始めます。多くの場合、馬糧の豆俵は積み重ねて運ぶため、中の熱はなかなか下がらず、煮豆は一日~二日で糸引き納豆へ変化します。
ある時、八幡太郎義家は、馬糧の豆俵を兵士たちが捨てているのを目撃します。兵士たちは、糸引き納豆に変化した煮豆を、腐っているものと思い、捨てていました。八幡太郎義家は、捨てられた糸引き納豆を拾い上げて口にした所、充分食べられる食料である事に気がつきました。この時より、八幡太郎義家は、糸引き納豆を兵糧に採用することにしたのです。

以上が、納豆伝説です。しかし、食べられるかどうかもわからない糸引き納豆を口にした八幡太郎義家の勇気には脱帽です。

中田所長の業務に、新製品・新商品開発があり、様々な発明の経緯を調べることが多いのですが、ステンレス・スチール(不銹鋼)の発明も偶然から生まれたといわれます。(続く・・但し、本件気が向いた時まで御免!!)

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